スポンサー広告

スポンサーサイト

 ←釣行 11月25日(中潮) →アコウ鍋
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


もくじ  3kaku_s_L.png 釣行
もくじ  3kaku_s_L.png 料理
もくじ  3kaku_s_L.png タックル
もくじ  3kaku_s_L.png 
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
もくじ  3kaku_s_L.png イベント
  • 【釣行 11月25日(中潮)】へ
  • 【アコウ鍋】へ
  • TB(-)|
  • CO(-) 
  • Edit

未分類

初代鵬丸の思い出

 ←釣行 11月25日(中潮) →アコウ鍋
まずは、応援お願いします

ぽちっと押してください


昨年12月24日に亡くなった祖父の一回忌も近づき、昔祖父が取材を受けた時の雑誌を懐かしく見ていました。
雑誌のタイトルはつりマガジン
昭和57年1月1日発行と、私が当時6歳の時のものです。

SH3B0018.jpg

 この頃実家のある倉岳町は、大ダイ釣りで有名でたくさんの遊漁船でひしめくタイ釣りの町でした。
記事の冒頭にも「天草でタイ釣りの本場といったら、なんといってもクラタケ衆には叶わないでしょうね」と書かれているほどです。
 しかし現在では、底引き網での乱獲などによりその数はめっきり減ってしまい、今では遊漁船の数も数えるほどとなってしまいました。
 SH3B0019.jpg

 当時は、手釣りが主流で仕掛けは現在の誘導式鯛ラバに活きエビをつけたようなものでした。
釣り方は底を取ったあと、半ヒロほどづつ5,6回しゃくり上げ、また底へ送りこむ事をくりかえします。

ここでのキモは鯛ラバ同様アタリがあっても手を止めてはいけないという事です。
大きいタイほど違和感をすぐ感じて、エサを放してしまうのです。
現在の鯛ラバと同じですね!

SH3B0020.jpg
上の写真の一番右が初代鵬丸船長の祖父です。
左側は祖父と仲の良かった釣り宿旅館「ニュー倉岳」(現在は海ホタル)のご夫妻です。
現在は私の後輩が跡を継いでおりますので、倉岳に釣りにお越しの際には、ぜひ立ち寄ってみられてはどうでしょうか。

それでは本日は、会社の忘年会ですのでこのくらいで
次回の釣行は12月5日、チーム「異種釣人会」との釣行です。

もくじ  3kaku_s_L.png 釣行
もくじ  3kaku_s_L.png 料理
もくじ  3kaku_s_L.png タックル
もくじ  3kaku_s_L.png 
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
もくじ  3kaku_s_L.png イベント
  • 【釣行 11月25日(中潮)】へ
  • 【アコウ鍋】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【釣行 11月25日(中潮)】へ
  • 【アコウ鍋】へ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。